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輪島塗とは

漆器の産地は全国各地にありますが、その中で最も有名といっても過言ではないのが「輪島塗(わじまぬり)」ではないでしょうか。
そのことを裏付けるように、人間国宝を排出し、漆器産地で唯一の重要無形文化財に認定されるなどの功績を残しています。
その輪島塗には、品質の高さ以外にも、地域や組織をあげてより良いものづくりを行うための仕組みづりを進めてきたという特徴がありました。
この記事では、輪島塗の品質の高さを、様々な角度からご紹介していきます。

輪島塗のルーツ

輪島塗 お椀

輪島塗の起源は諸説あり定かではありませんが、一般的とされているのは、輪島塗と同じく現在も漆器の産地である、
和歌山県の「根来塗(ねごろぬり)」であり、製作技法などにおいて、輪島塗と似ている点が多く見られます。
根来塗は日用漆器づくりにおける技法のルーツとも言われるほどの長い歴史をもつ流派です。
輪島塗はこの根来塗りの技法をベースとしながらも、独自の製作工程や販売方法を構築することで、今日のような一大ブランドに成長していきます。

起源についてはいわゆる近代的な漆器づくりが盛んになった、鎌倉・室町時代の頃、あるいはもう少し以降とされていて、
現存する最古の輪島塗が作られたのは、1524年とされています。

どうしてここまで有名になったのか。輪島塗の特徴とは?

輪島塗がここまで有名になった理由は、いくつか挙げることができます。

その1:何と言っても、その質の高さ

その大きな要因のまず1つ目は、質の高さ。 これは見た目だけでなく、実用的な意味も含まれます。
また、非常に頑丈な下地づくりが特徴です。

輪島塗 お櫃

木材

器の本体となる木材。現代でこそ詳しくは分かりませんが、当時は地元産のアテやケヤキといった丈夫な木を使い、
さらに家具や椀など、使用あする用途によって、木材を使い分ける配慮をしていました。

次に漆ですが、輪島塗では「輪島地の粉」と呼ばれる珪藻土の一種を焼き、粉末にしたものを漆に混ぜ、これを下地用の塗材として使用します。
珪藻土と漆の相性は抜群だそうで、単に漆を塗るよりも断熱効果などにおいて、より高い効果が得られるそうです。
また、水分を吸って乾燥する漆は、適度な湿気を必要としています。
まさにその環境に適した輪島の土地柄は、輪島塗のレベルを高める一助となりました。

下地づくり

珪藻土だけではありません。下地を強くしようと布を被せる「布着せ」という技法も輪島では見られます。
さらに見た目の美しさを演出する装飾においても、蒔絵と沈金による加飾は見事です。

 

輪島塗 蒔絵
左が蒔絵、右が沈金の技法によるもの。

沈金や蒔絵など、漆器の技法について詳しく知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください。

漆器」のRAFUJU MAG辞典ページはこちら

その2:組織づくりの達人でもあった

分業で効率化&大量生産を実現

さらに、このような高い品質を維持しようと、漆器づくりにおける組織(組合)を整備し、品質管理を行っていたことも
輪島塗が今日に至るまで大きく飛躍した理由だと考えられています。

輪島塗では以下の作業に細分化されています。
素地の木を加工する「木地師」、塗りを担当する「塗師」、沈金加飾を行う「沈金師」、蒔絵加飾を行う「蒔絵師」などが存在し、
その中でも、 木地師は製作する対象物によって、
「挽物師」、「指物師」、「曲物師」、「朴木地師」(特に曲線が多く複雑な木加工や彫刻まで担う職人)
さらに細かく説明すれば、下地の研ぎを専門に行う女性までいるほどです。

そのため、塗りだけでも20~37工程にもなり、完成するまでの全ての工程になると、物によっては124工程にもなります。
製造工程の分業化ならびに組織化したことで、大量生産が可能になり、安定したものづくりの環境を実現しました。

現代のシステムを先取り?!様々な販売テクニック

和モダン インテリア

販売におけるルールも、組織づくりのおかげで価格も含め統一されていきました。
現代で言うところの金融商品やシステムを整備することで、輪島塗の組合の間では、長らく安定的なものづくりの環境が守られていました。これによって、さらなる販売促進に繋がっていきます。

●買う側に向けたサービス「椀講(わんこう)」

輪島塗の販売手法には「椀講(わんこう)」という、現代でいうところのローンのような方法があり、買う側に対して「買いやすい」方法を提供していました。

●現代のクラウドファンディング!?「頼母子講(たのもしこう)」

また「頼母子講(たのもしこう)」という、地域限定のクラウドファンディングのような制度もありました。
「講(こう)」と呼ばれるグループの中で、順番にお金を出す側と受け取る側を決め、受け取る側は、生活や事業などの「もの・こと」にその資金を活かしていくシステムです。
これによって、地域の中でお互いがお互いのものづくりや生活を助け合うことができていました。

また輪島港という交通拠点が近かったことも、販売においては大きな武器となっていました。

●まとめ
輪島塗はその品質の高さ、だけでなく、関係者のさまざまな努力のおかげで、販売数の増加はもちろん、数多くある漆器の中で、一目置かれる存在に成長していきました。

人間国宝も輩出した輪島塗

輪島塗 作家
輪島塗の沈金・蒔絵の技法は、熟練した職人による非常に繊密な描写で、その技術力や芸術性が内外に認められている。

現在においても、日展や日本伝統工芸展に入賞する作家が、常時100名を超えるほどの実力を誇る輪島塗。
当然、骨董品においても優れた作家が多く見られます。

江戸の頃には、輪島塗において沈金技法を創始したと称される大工五郎兵衛、同じく沈金師では、城順助(たちじゅんすけ)や笠屋佐次右衛門(かさやさじえもん)が有名です。
また、蒔絵師では飯田善七。明治期になると、橋本雪洲(はしもとせっしゅう)、黒川碩舟、舟掛宗四郎(ふなかけそうじろう)、舟掛貞二などの沈金の名工が登場します。

昭和から現代においては、張間麻佐緒(はりままさお)、榎木盛(えのきもり)、三谷吾一(みたにごいち)、井波唯志(いなみただし)、角野岩次(かどのいわじ)、塩多慶四郎(しおだけいしろう)、 竹園自耕(たけぞのじこう)、田崎昭一郎(たさきしょういちろう)、前史雄(まえふみお)など。

また、重要無形文化財(人間国宝)指定を受けた作り手もいます。

漆器の中で唯一の「重要無形文化財」

輪島塗は全国にある漆器産地の中で唯一「重要無形文化財」の指定を受けています。
また、その製作用具も重要有形民俗文化財に指定されています。

輪島塗の技術を後世に残すため、「輪島塗会館」も開館

輪島塗の技術や作品を紹介する漆芸専門の施設もあり、美術館「石川県輪島漆芸美術館」や、平成27年3月には「輪島塗会館」があります。
こちらの会館には、輪島塗の歴史に関する民俗資料が約4000点も収められており、輪島塗は今なお、その人気と実力、ブランド力において随一の存在感を示しています。

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