私たちの身近な存在である「薬缶(やかん)」は、日用品としてだけでなく、茶道具としても使われるものです。
茶席における薬缶は、水を足したり注いだりする水注(すいちゅう)と呼ばれる茶道具と同じ役割で用いられています。
そのため、特に茶道具として用いられる薬缶に対しては、「水注薬缶」「水次薬缶」と表記する場合もあります。
茶道具としての薬缶の多くは、茶席に見合った美しく雅な装飾が施されたものです。
この記事では、薬缶のもう一つの顔、「水注薬缶」をご紹介して行きます。
茶道具としての薬缶(やかん)と日用品の違いとは?
目を楽しませる形状
一般的な薬缶型のものから、写真右のもののように、南瓜(かぼちゃ)の形をしたユニークなものまで様々な形状があります。
美しい装飾
茶道具として用いられる薬缶には、その場にふさわしい雅な装飾のものが多くつくられています。
彫り
表面に絵柄を掘り込んだ装飾。彫りの絵柄部分を金でメッキ装飾したものもあり、こちらは一段と華やかな印象です。
鎚起(ついき)
こちらは「鎚起(ついき)」と呼ばれる技法を用いたもの。
板状の銅を叩いて縮めることで形を「起こす」製法です。金槌で表面に細かな「面」がつくられるため、独特の輝きと質感を持ちます。金属の中でも柔らかい銅の特徴を活かした手法です。この手法を用いた器を「鎚起銅器」とも言います。
薬缶の素材は銅製が一般的
薬缶の素材は、銅をベースに他の金属を混ぜたものが大半で、銅の素材やデザインにより、いつくかの種類に分類されます。
それぞれの特徴を簡単にご紹介します。
■唐銅
銅をベースに錫や鉛を混ぜた合金。見た目は茶褐色で、経年変化により錆びていき、黒色に変化するという特徴を持ちます。
■素銅
純度の高い銅になります。 そのため新品の見た目は、見るからに銅色をしているのが特徴で、ビールやハイボールを飲む際のタンブラーや、鍋などの調理・食器類でもよく用いられる素材です。
■南鐐
精錬した上質の銀のこと。
「南陵」とは中国の銀産地であった地名のことで、江戸期に日本は銀を中国から輸入していたため、原産地であった地名の名前で呼ぶようになったそうです。
口の蓋にも意味が?
薬缶の口には蓋がついているものと付いていないものがあります。
茶道の流派によっては、口蓋のあり、なしも薬缶選びの基準のひとつにされる場合もあるようです。
薬缶は茶道の流派や好みによって使い分けられる
先でご紹介したように、薬缶は部品の有無や製法、デザインによって、茶道の流派ごとに使い分けられることがあります。
■腰黒薬缶(こしぐろやかん)
この腰黒薬缶はそうした流派ごとの使い分けのなかでも代表的なもので、素材は素銅、胴の真ん中あたりから下の部分を黒く色付し、上部は赤くくすぶらせたものです。
茶人として有名な利休が作らせたというエピソードを持つことから、「利休形薬缶」と呼ばれることもあります。
表千家では主に口に蓋がないものを、裏千家では口に蓋がついたものを用いるようです。
●拉薬缶(ひしぎやかん)
また、この他にも武者小路千家では拉薬缶(ひしぎやかん)と呼ばれる金槌やたがねを使い、胴の部分に大きな凹み加工を施したものを好んで使うようです。この薬缶は別名「ヘゴ薬缶」「へこみ薬缶」と呼ぶこともあります。
日本では金工の名産地、新潟・燕三条が有名
茶道具ということで、それほど高価ではない現行品もある一方で、現代の金工作家が手がける工芸品なども見られます。
また、骨董品ということに限っていえば、村上如竹(むらかみじょちく※通称清次郎)のような、煙管(キセル)や煙草入れなどを製作していた刀剣金工や彫金師の作品は、高値で取引されています。
そしてもう1つ、新潟・燕三条の工房で作られた名品は数多く出回っており、中でも山川堂、玉川堂、清玉堂などが有名です。
鎚起の技法を使った銅の器全般を製作しています。
茶席で薬缶と同じ役割を持つ茶道具に「水注」があります。水注についても知りたい方は、
こちらの「水注」RAFUJU MAG 辞典ページも合わせてご覧ください。